腸チフスのメアリーと、ワクチン拒否の話。
JR南武線平間駅徒歩1分。ワコ歯科・矯正歯科クリニック院長の長崎です。
腸チフスのメアリーと、ワクチンの話です。
先日、B型肝炎の予防接種を受けてきました。
B型肝炎とは、血液やその他体液によって感染する肝炎の一種です。当院では、スタッフ全員に接種を義務付けています。
フツーの生活をしていれば肝炎に感染する可能性は非常に低いのですが、麻酔注射や観血的処置(歯を抜いたり、歯肉を切ったりという出血を伴う処置)を日常的に行う歯科医院では、注射針や抜いた歯に付着した血液により、患者さんから感染する可能性が高いのです。
血液を媒介にして感染する病気はイロイロありますが、歯科医院での感染可能性が高く、かつ感染した時に問題となる(即座に命にかかわるものではないが、治療法が現在のところ、確実なものが存在しない。)のがB型肝炎です。
私は歯科大学の学生実習時にワクチンの接種を指示されました。大学によって規定は異なるようですが、私の大学ではB型肝炎のワクチン接種をしなければ、病院実習を受けられなかったのです。
B型肝炎のワクチンの効力は3年程度と言われていますので、大体3年おきにワクチン接種を受けています。
歯科医院での感染リスクは、針刺し事故(患者さんに使った注射針を、誤って自分の手に刺してしまうこと)によるものが最も高く、針刺し事故を防ぐために諸々の工夫はしていますが、それでも完全にゼロにすることは難しいため、万が一針刺し事故が起こった時のリスクを減らす目的で、スタッフにB型肝炎の予防接種を義務付けています。
また、スタッフを守るためだけでなく、万が一スタッフが感染した場合、来院する患者さんや社会の感染リスクを上げてしまうことになります。
自分自身を守るため、患者さんや社会全体を守るために、B型肝炎のワクチン接種は歯科医院のスタッフには必要だ、と思います。
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近年「ワクチンは効かない」「ワクチン接種で病気になる」「ワクチンは世界征服を目論むユダヤの陰謀」…等々、ワクチンを目の敵にする方々がいます。
ワクチンと言ってもそれなりに効果の期待できるものから、それほどでもないものまで幅がありますので、個別に論ずることは避けます。
その病気にかかるリスクと、かかった時の大変さ、ワクチン自体の副作用のリスク諸々を考えた上で、選択するべきものでしょう。
ただ、ワクチンを目の敵にする方々は、そういったメリットとデメリットの比較を無視し、すべてのワクチンが有害であり、メリットは皆無と主張されています。
個人で完結する問題に関しては、自己決定権の一言で済まされるでしょうが、感染症に関しては「自らが感染源となり、社会に感染症をばらまいてしまう」可能性も考えなければなりません。
昔、アメリカに「腸チフスのメアリー」と呼ばれた女性がいました。
不顕性感染と呼ばれる「感染しているが、自身は発症しない」体質の為に、悪意なく腸チフスを周囲の人に感染させ続けたのです。
不幸なことは、メアリーの職業が料理人だったことです。
結果的に、47人の感染者と3人の死者を出し、彼女は終生隔離病棟で過ごしました。
以前、ワクチンを目の敵にする方々のコミュニティで、看護学生の方の
「ワクチンを打たないと病院実習が受けられず、看護婦になれません。ワクチンを打つと発達障害の子供が生まれる(!)とワクチン反対派の人に聞いたので、打ちたくありません。どうすればいいでしょう?」
という質問に対し
「ワクチン反対派のお医者さんに頼んで、『ワクチンにアレルギーがある体質です』とか診断書を書いてもらったら?」
と、ワクチン反対派のお医者さんと親しくしていると自称する人が回答しているのをみました。
(Facebook上でしたので、全て実名です)
ワクチンを打つと発達障害の子供が生まれるという主張も驚きでしたが、嘘の診断書を請け負うお医者さんがいるのもさらに驚きです。
現代版の腸チフスのメアリーを目指しているのでしょうか?
ワクチンを毒だと、個人が考えるのは自由です。
ただ、腸チフスのメアリーが、悪意はなくとも感染によって多くの感染者と死者を出したのは「事実を突きつけられてもなお、自分が感染源だと認めず、偽名を使ってまで料理人の仕事に固執したこと」です。
信じようと信じまいと、感染は起こりますし、ワクチンで防げる感染症があることは事実です。
この看護学生さんが、今どうしているかはわかりませんが、腸チフスのメアリーの道を進まないことを祈ります。